AIで代替できない価値は、利害の外にある人間関係
数十年ぶりに会った同級生は、私を呼び捨てにした
Substackを始めた本当の理由を言えば、友達が欲しかったからです。
文章で何かを伝えたい。
仕事につなげたい。
自分の経験を残したい。
そういう理由も、もちろんありました。
けれど、もう少し奥にあったのは、人とつながりたいという単純な気持ちです。
大人になると、友達を作るのが難しくなります。
知り合う場所の多くが仕事に近いからでしょう。この人と組めば何ができるか。何を教えてもらえるか。何かの機会につながるか。
SNSなら、さらに数字が見えます。
フォロワーが何人いるか。影響力があるか。紹介してもらえるか。
関係が始まる前から、互いに小さな値札を確認しているようなところがあります。
それが悪いとは思いません。
仕事から始まって、長く続く友情もある。損得が入口でも、時間を重ねるうちに、利害を超えた関係になることもあります。
ただ、ときどき疲れます。
会うたびに、いまの自分にどんな価値があるのかを、静かに問われている気がするからです。
数十年ぶりなのに、呼び捨てだった
七、八年前のことです。
Instagramで、小学校の同級生が私を見つけました。
そこから話が広がり、約十人で集まることになりました。
何十年も会っていない人たちです。
顔を見ても、すぐには名前が出ない人がいる。反対に、声を聞いた瞬間に、教室の景色まで戻ってくる人もいる。
少し照れくさい再会でした。
ところが、話し始めると、みんな私を昔のまま呼び捨てにしました。
いま何をしているのか。
どれだけ仕事をしてきたのか。
何を持っているのか。
そんな説明は、ほとんど必要ありませんでした。
小学生だったころは、誰も肩書を持っていません。
フォロワーもいない。実績もない。相手が自分に何をもたらすかなど、考えていない。
利害が始まる前に、関係だけが先にできていました。
だから数十年たっても、現在の価値を証明し直さなくてよかったのでしょう。
呼び捨てにされた瞬間、いまの自分の肩書が一枚ずつ外れていくようでした。
ずいぶん遠くまで来たつもりなのに、昔の名前を呼ばれるだけで、そこへ戻れる。
あの感覚は、少し不思議でした。
人間関係も、人生を支える資産になる
リンダ・グラットンとアンドリュー・スコットの『LIFE SHIFT』では、お金以外にも、人生を支える無形の資産があると説明されています。
その一つが「活力資産」です。健康だけでなく、人間関係もここに含まれます。
資産という言葉を使うと、人付き合いまで損得で測るように聞こえるかもしれません。
けれど、あの同級生との再会を思い出すと、意味が分かります。
彼らが仕事をくれたわけではありません。
新しい知識を教えてくれたわけでもない。何かの企画が始まったわけでもない。
それでも、帰るころには少し元気になっていました。
いまの自分を説明せず、昔の自分へ戻れる時間があったからです。
人は、前へ進むことだけで力を得るのではないのでしょう。
何者でもなかったころの自分を知る人に会い、役に立つかどうかを問われずに笑う。そんな時間にも、生きる力を回復させる働きがあります。
人間関係が活力資産だというのは、こういうことなのだと、私は受け取りました。
AIが作れる関係と、作れない履歴
AIは、人の孤独を軽くすることがあります。
いつでも相談できる。頭の中に散らばった考えを整理してくれる。人には言いにくいことでも、いったん言葉にできる。
私自身、AIと話すことで助けられる場面があります。
これから先、AIとの関係はもっと自然になっていくでしょう。人間よりAIのほうが話しやすい夜も増えるかもしれません。
それでも、小学校の同級生だったという共有の履歴は、後から作り直せません。
同じ教室にいたこと。
同じ先生に叱られたこと。
まだ誰にも肩書がなかったころ、同じ名前で呼び合っていたこと。
AIの能力が足りないという話ではありません。
関係には、能力とは別に、時間が作った部分があるということです。
人は一緒に過ごした時間を積み重ね、その履歴によって、説明しなくても通じる場所を作ります。
同級生との再会で私が受け取ったのは、気の利いた助言ではありませんでした。
「昔から知っている」という事実そのものです。
何者かを証明しなくても会える人
これから、AIで代わりが利く仕事は増えていくでしょう。
文章を書く。考えを整理する。相談に乗る。こうしたことの多くは、AIと分担できます。
では、人間にしかない価値を、AIとの能力競争で証明し続けるのか。
私は、少し違う気がします。
価値は、能力の高さだけにあるのではありません。
利害の外で積み重なった時間にもある。
会う理由を説明しなくていい。
役に立つことを約束しなくていい。
何者かを証明しなくても、昔の名前で呼んでくれる。
そんな一人がいることは、長い人生を支える資産になります。
損得とは関係なく、もう一度会いたい人を一人だけ思い出してみてください。
もしお盆休みで、そういう友人に会えるチャンスがあるなら、会ってみてもいいかもしれません☺️



自分も何年か前に同じようなことがあって、何の利害関係もない関係に心地よさを感じました。
でも、1人の人に求職の相談をしちゃったんですよね。その頃の自分はかなり切迫詰まっていて。
それから、関係が途絶えちゃったなぁ。
普段なら絶対こんなことしないのに。
余裕がないとダメですね。
よしださん、おはようございます。
私も、友達が欲しくて、サブスタックを始めた気がします^^
「人間関係が活力資産」確かにそうだと思います。
AI時代だからこそ、一緒に語らうことができる人間の友が欲しくなるのでしょうね。
共感する記事をありがとうございます🎶