世界的な音楽家の坂本龍一さんは、病床でも本を読んでいた。
明治の文豪・森鴎外を読み、『濹東綺譚』の永井荷風に戻り、荘子や老子といった中国古代の思想へ向かい、さらに長編『死霊』で知られる埴谷雄高のような重い思想文学にも手を伸ばす。
映画も観る。音楽も聴く。
体は弱っていく。
それでも、世界を自分の中に入れることはやめない。
編集者・菅付雅信さんの著書『インプット・ルーティン』で一番刺さったのは、この坂本龍一さんの話だった。
天才とは、最初から何かを持っている人ではないのかもしれない。
最後まで、入力をやめない人のことなのかもしれない。
『インプット・ルーティン』が言う、天才の正体
この本の副題は、こうだ。
天才はいない。天才になる習慣があるだけだ。
自己啓発書にありがちな、軽い話ではない。
本書が言っているのは、才能の否定ではない。
むしろ逆である。
才能と呼ばれるものの背後には、必ずその人だけの膨大なインプットがある。
読んできたもの。
見てきたもの。
聴いてきたもの。
食べてきたもの。
考え続けてきたもの。
それらが積み重なって、その人の表現になる。
本書では、インプットをかなり広く捉えている。
本を読む。写真を見る。映画を観る。アートを見る。音楽を聴く。食べ方を整える。メモして蓄積する。遠いもの同士を組み合わせる。
目、耳、口。
つまり、身体全体で何を取り込むかという話になっている。
人は、読んだ本だけでできているわけではない。
観た映画にも影響される。聴いた音楽にも影響される。食べているものにも影響される。
そして、優れたアウトプットは「意外性のある組み合わせ」から生まれる。
遠いものをつなげるには、そもそも遠いものを自分の中に入れておく必要がある。
組み合わせる力の前に、材料の量と質がいる。
「すごいもの」を、過剰摂取するくらい入れる
そして本書は、「いいもの」ではなく「すごいもの」を入れろ、と言う。
シャネルを長く率いたファッションデザイナー、カール・ラガーフェルドの自宅には、約30万冊の蔵書があったという。
「本というのは表紙のあるドラッグで、いくらやったって過剰摂取にならない」
このカールの言葉が、本書の温度をよく表している。
ほどほどのインプットでは足りない。
圧倒的な量と、圧倒的な質。その両方があって初めて、自分の表現になる。
本書が挙げる事例は、カールだけではない。
『華氏451度』で知られるSF作家のレイ・ブラッドベリは、寝る前に短編小説をひとつ、詩をひとつ、エッセイをひとつ読む。これを1000日続ければクリエイティヴになれる、と説いた。
マイクロソフトを創業したビル・ゲイツは、半年に一度、森の湖畔の小屋に一週間こもり、本を読み、考えるだけの「THINK WEEK」を続けてきた。
シンガーソングライターの山下達郎は、いまの音の質感をつかむために、Spotifyのグローバルチャート50を絶えず聴いている。
媒体も時代も違う。だが、やっていることは同じだ。圧倒的な量を、習慣として浴び続けている。
AIは要約できても、経験の蓄積はできない
読んでいない人のAI文章は、どこか薄い。
見ていない人のAI文章は、像が弱い。
聴いていない人のAI文章は、リズムが平坦になる。
考えていない人のAI文章は、結論だけが整っていて、奥行きがない。
AIが悪いのではない。
AIに渡す自分の中身が薄いまま、出力だけ整えてしまうことが問題なのだと思う。
なぜ薄くなるのか。
AIに要約してもらえば、本を読まなくても中身はわかる。解説を見れば、映画も観なくて済む。だが、そのぶん、わからなさに耐える時間が消える。
遠回りして自分だけの連想が生まれる時間が消える。知識は増えたように見えても、身体を通ったインプットは減っていく。
坂本さんの姿と対比すると、この差はかなり大きい。
病床にありながら、坂本さんの関心は閉じていない。
体は弱っていく。それでも本を読み、映画を観て、音楽を聴く。
世界から退いていくのではなく、最後まで世界を自分の中に入れようとしている。
坂本さんの蔵書は、およそ一万冊あったという。晩年に読んでいた本は、没後に編まれた『坂本図書』の巻末に、リストとして残されている。
2020年、直腸ガンが見つかり、肝臓やリンパにも転移していた。それでも、入力は止まらなかった。
入力を取り戻す
天才だからインプットしていたのではない。
インプットし続けたから、天才であり続けた。
『インプット・ルーティン』は、そのことをかなり強い言葉で言い切る本だ。
では、私たちは今日、何から始められるか。
積読の本を一冊、10ページだけ開いてみる。
気になっていた映画を、解説動画ではなく本編で観る。
何かを読み終えたら、誰かの感想を検索する前に、自分の引っかかりを一行だけメモする。
大きなことではない。
順番を少し変えるだけでいい。
私自身、AI任せにしていた時期があった。
でも今は、再び自分で本を読むようになったし、ウォーキングの途中で本屋にも通っている。それだけで、書くときの手触りが変わった。
AIに渡す前に、まず自分の中に何かを入れる。
その小さな習慣が、書くものを変えていく。
※ポッドキャストは別の角度から深堀りしています。お時間のある時にぜひ聴いてみてください☺️
よしだ健康の思考をインプットする












